化学教育・ひとりごとNo.1(2004.9.2) 「学術趣味はほどほどに」 に対するご意見

大阪四天王寺高等学校中学校の高野裕恵といいます。
現在、理科・化学の講師をしています。
「ひとりごと」を読ませていただいて、感じたことを率直に書かせていただきます。

以前、勤めていた私立学校で、生物の専門の先生が化学を教えておられて、こんなことをおっしゃったことがあります。
「生物は、常に進化していて、教科書もどんどん変化している。勉強しないと教えることはできない。
 しかし、化学はこの何十年ずっと内容は同じでそんなに変化していないから教えやすい。
 いまさら、生物を教えようとは思わない。」(私は思わず激怒しましたが・・・)

日本にはもう本当にものすごい数の先生方がいらっしゃいますよね。
化学を教えている先生だけでも、専任、講師・・専門、専門外・・いっぱいいらっしゃいます。
その先生方、全ての意識を変えるのは難しいなぁ・・と感じるのです。

子供たちと実際に向き合っている私たちは、教科書がどんな記載をしていようと、子供たちにわかる言葉に置き換えて授業をします。その上で、教科書にある言葉も教えます。
(そうでないと、子供たちが進学したいと思ったときに困るから)臨機応変にその辺は対応しているつもりです。
私の周囲の先生方はそういう方が非常に多いです。
(研究会などに来られている先生だから当然だと思います。)
でも、教科書通りにしか教えられない先生の方が多いのも事実です。

  『少なくとも中高校までの理科なら,自然現象を解き明かすおもしろさ(ワクワク感)や,暮らしにどれほど役立っているかを教えるだけでよい。
  余計な学術用語は,理科系の大学に進学したあとで十分だ,と。
  まったく同感。それにはむろん,大学入試の大変身が大前提だろうけれど。』


私も同感です。そして、これは心ある現場の先生方が一番感じていることだと思います。
でも、じゃぁ、大学入試をどう変えていただけるのでしょうか?

  『ただし,そうなった暁には,現場の先生がたにもそれなりの覚悟が要求されよう。』

現場の先生だけでしょうか? 
子供を取り巻く全ての環境(母親、メディア、教育産業・・)が、同じ方向を向く・・そんな覚悟を全ての人が持たないとだめなのではないでしょうか。
そして、そのためには私たちが何をしなければいけないのでしょうか。

進学校で予定進度に追われながら授業をしていると、ときどき授業をするのがつまらなくなります。
教師である私がわくわく出来ないのです。

本当に教えなければいけないことを教えたい・・
これは、心ある現場の教師こそが本当に望んでいることだと思います。

 勝手なことをいっぱい書きました。お許しください。
 
                                       大阪  高野 裕恵

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